ボランティアのその先へプロジェクト《農業ボランティア》参加者募集!


2019年9月台風15号.19号で甚大な被害を受けた南房総地域を救援する為のサポートセンターです。皆様のご協力をどうぞ宜しくお願いいたします。《INBOUND LEAGUE 新宿での支援物資の受付は終了いたしました。多くの皆様のご協力に感謝申し上げます。》

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南房総リパブリック

NPO法人 南房総リパブリックは東京と千葉県南房総市を結び、里山学校・食の二地域交流・空き公共空間活用事業を行っています。 今後HP、Facebook共発信を充実させていく予定です。ご興味のある方どうぞお気軽にご参加ください!
南房総リパブリック
南房総リパブリック2020/07/13 @ 22:59
リレーコラム【コロリパ】vol.9 菅原祐二
リレーコラムのバトンが、何故か監督から私に廻ってきました。あっちゃ-!

何を書いたら良いか全く思い付かず数日が過ぎ、何とか早く廻したく考え ていましたが、ここはひとつ幸か不幸か今のご時世のコロナ禍で色々思ったことなどを赤裸々に書くのが良いかなぁなどと、やっと重い腰をあげた次第です。

昨年9月末で、1979年から勤めた航空貨物業界から足を洗い、それと同時に2011年から始めた2拠点生活の拠点にしていた房総・富津での生活に完全シフトしてしまいました。辞めてからの生活をその時は具体的に考えていたわけではなかったので、台風被害などのもろもろの環境変化にただ流されて、一気に房総人になってしまったと言った方がしっくり行く感じでした。
幸い自分のところは大きな被害にならなかったため、周りの復旧に微力ながらお手伝いすることがいつのまにか日常になってきた中、思いもよらない新型ウイルスの満えい。サラリーマン時代は成田空港にいたので、毎日の通勤や(京成アクセス線利用)輸入貨物と否が応でも触れる機会など本当に恐怖でした。

それまでウイルスの感染については空港と言う特殊な環境下だったから恐れていましたが、今度のコロナについては、もっと違う恐怖を感じている自分がいます。過去に何度も新型インフルエンザなどを経験していたから、またその延長位にしか考えず気負いも無かったのですが、それまであまり意識していなかった同調圧力や排除の動きなどやたら目につくようになり、改めて災害が起きたときの対応ひとつで幾重にも怖さが増幅されてくることを思い知らされました。

他方サラリーマン当時の仲間や先輩達が、ここに来て急にこれからの生活や人生について本気で話し始めたような気がします。業績が悪化し早期退職をする人が周りで出始めてきました。テレワークやズーム飲み会じゃないけど新たな形が少しずつ出てきて色々対応しようとしているように見えますが、そもそも怖い通勤電車(ウイルスのみならず色々)に何十年も我慢していたことに疑問を持ち、しかしそれを変えることに踏み出せない人が何と多いことかと改めて感じます。

自分もその一人であることに違いないとは思いますが、少なくとも昨年9月以降は、メンタル的には相当大きな鎧から解き放されたように思っています。もちろんその代償として、経済的にはそれまでよりは苦しくなっているかもしれませんが、あまり深刻でもありません。サラリーマン時代は「一番しぼり」だったのが「のどごし生」 に代わったくらいです。春から秋までは小さな畑や裏山から意外と食べるものが手に入り、たまに魚も釣ってきたりと食費にかかるコストは逆に下がっています。この惨禍を機に生活が見直されていけば良いのにと思います。

きっかけは何であれ、やっぱり本気で向き合わなければなにも解決しない、新しい道は見えてこない、そんなことを感じる今日この頃です。

次のバトンを南房総市でヤギ、いぬ、ねこと気ままな暮らしを実践している鍋田さんに渡します。なべちゃんよろしくー!
南房総リパブリック
南房総リパブリック2020/07/11 @ 13:42
リレーコラム【コロリパ】vol.8 内山章

前回の成田さんのコラム、しみじみ良かったなぁ。成田さんとも随分会ってない。
今までの人と同じ冒頭になってしまいますが、時間が経ってしまいました。理事の内山です。

緊急事態宣言が解除された後も、基本リモートが続いています。仕事は問題なく進むし、かえってはかどったり。かといって時間に余裕があるわけでないという日々を送っています。

コロナ禍になって4ヶ月がすぎたわけですが、会えなくてもいつでも会えるということが、いかに大切で貴重なものだったかを思い知らされました。とにかく行動を制限されること、行きたい場所に行きたい時に行けないこと、会いたい時に会いにいけないことが、こんなにも辛いことだとは思わなかった。それに反比例して増えるネット会議。リアルな会議に比べ集中力を多く費やすネット会議で、今でこそ少し慣れましたが、かなりメンタル的にはキツい日々を送っていました。

そんな中、SNSに登場させたりしているのですが、家族が増えました。3月生まれ(たぶん)のオテンバ娘。名前はシー(Sea, She)と言います。名前の由来は、出会った里親さんのご自宅が南房総富津の印象的な海辺にあったから、そしてこれから「彼女」のことを話すことが多くなるからと、連れて帰る帰りの車の中でこの名を思いつきました。

一昨年、親友とも言える猫を23歳で亡くし長く傷心でいたのですが、リモートが始まり、新しい家族を迎えるのであればこのタイミングだなと思っていたところ、理事長がいきなり子猫を飼い出して「あ、自分も探してるので情報あったら教えてね」とメッセージした数時間後「きた!」との連絡。それも南房総経由。

前の猫はキジトラだったので、今度は黒かグレーの子がいいなぁなんて漠然と思っていたのだけれど、話をもらったのはまたキジトラ。前の子とダブるからどうかなと及び腰だったけれど、会ったらダメだった。なぜかその場でボロボロ涙が出てしまった。

後から人に聞くところによると、まだ死んで間もなくはすぐに生まれ変われないから「使い」をよこすんだよと。大丈夫かな?と見に行かせるんだと。猫はよくやるんだとの話。もちろん根拠もないスピリチュアルな話ですが、目の前のオドオドした小さな塊を見てると、妙に納得できるのでした。

実は、連れて帰ってきたその日、爽やかな風の抜ける部屋で一緒に引き取ってきた大きなケージを組み立ててる最中に、足元をささっと駆け抜ける黒い塊が。「わ!逃げた!」っと思いましたが子猫はダンボール箱の中。そう、多分、その亡くなった猫が様子を見にきたんだろうと勝手に納得しました。ちょうど同じくらいの大きさの影だった。できれば会いたかったな。

そうして願っていたとはいえ思わぬ偶然、ちょっとした縁から、このコロナの季節に新しい時間が刻まれ始めました。毎日ケンカばかりしていますが、でも仲良く。部屋にいる時にいつも気配があることがふと嬉しく思います。

さて、自分の話はここまで。

東京では感染が止まりません。もしかしたらまた緊急事態宣言のような状況になるかもしれません。自分の個人的なスタンスとしては、自分からなるべく東京に、でも声がかかればどこでも行くというスタンスです。もちろん消毒、マスクを持参で。しかし人によって、また地域によっては、東京からなんてとんでもないという人もいらっしゃると思います。それはそれで良いと思います。皆それぞれ、このコロナの時代という新しい時代の生き方、関わり方を学んでいければと思っています。

それでは次のバトンはこの縁を作ってくれた、二地域居住の実践者であり南房総DIYマフィアのボス、実は大の猫嫌い笑、菅原さんにバトンと繋ぎたいと思います。どうぞよろしくお願いします!
南房総リパブリック
南房総リパブリック2020/06/22 @ 22:34
「山水郷チャンネル」にて馬場が登壇します。
14年間続けてきた二地域居住の実態や、南房総リパブリックがこれまで展開してきた事業についてゆっくりお話する予定です。

改めて、zoomは住む場所を選ばずどなたさまもご参加できるのがいいですね。お時間のある方はぜひご視聴ください。
第2回の終了後にはアフタートークもあります。
南房総リパブリック
南房総リパブリック2020/06/18 @ 21:49
【リレーコラム『コロリパ』Vol.7 成田 剛史】
大西さんからバトンを受け取ってすかっり時間が経っちゃいました。ごめんなちゃい。
何を書いても良いと言われたのだけど、意外とそう言われると悩んでしまいます。南リパのコラムなので、南リパとの出会い?の事を書きましょうかね。
僕は2011年7月、ちょうど9年前の今頃、南房総に古民家を買い、二地域居住をはじめました。購入時は敷地内を一周する事が困難なほど竹と原生林が生い茂っていました。数カ月かけて敷地全体を見まわせる様になって初めて、5棟も建物が存在する事を知った次第です。
そして、始まった二地域居住ですが、開始時は地元には一切の知り合いもツテもない状態でした。南房総で毎週末飲んだくれていると勘違いされている方もいらっしゃるようですが、当時はかなりストイックに一人黙々と作業していました。朝から昼も食べずに、チェーンソーで竹を切りまくったり、ひたすら敷地のゴミを掘り出したり。水道と電気はありましたが、風呂やトイレはないので、ドラム缶のでお湯を浴びて、シャベルもって用を足しに行く週末でした。まぁ南房総には、似たような生活を普通にしている方も結構いる事を後から知り、うーんワイルド。と思う事もしばしばです。
南房総は、ほぼワンコと来ていたので、夜は獣や怪しげな虫たちの出てこない閉め切ったコンクリートの土間で晩酌するのが習慣でした。懐かしいなぁ。
苦楽を供にしたこのゴールデンレトリバーは4年前、南房総に滞在しているときに虹の橋を渡りました。晩年歩けなくなってからも運搬車に載せて敷地を巡回してやると目が輝いていたのが思い浮かびます。。来た当初は、ワンコと敷地を巡回する事がアドベンチャーだったなぁ。
そんな一人での生活は、4年くらい続きました。東京から呼ぶ友達位しか訪問する人もなく、南房総へ行くのも月1~2回位のゆっくりしたペースでした。この4年で、敷地内の竹や雑木はすべて無くなり、5棟あった建物は2棟になり、崩れた柱を立て直し、屋根も作り直し、現在の生活の原型みたいな整備をしました。結構頑張ったなぁ、と今、しみじみ思います。
で、やっと南リパとの出会いです。2016年の12月に第1回のDIYエコリノベっていうイベントがありました。寒い古民家をあったかくしようというもので、自己流×大雑把に家を直していた自分をキチンとした方法論で開眼させよう!という目論見でした。
参加してみると、同じような境遇や感性の人が集まっていたので直ぐに気が合いました。Facebookでグループ作り、皆の家を順繰りに改修したり壊したり、はたまたシロアリの様に解体予定の家から部材をかっぱぐなどする様になりました。俗にDIYマフィアと言われてるヤツですな(笑)。
だんだん仲間も増えた結果、改修後の打ち上げで飲みすぎ→『飲みすぎの反省会という飲み会』がローリングする現在の状況なってしまいました。開眼するところが違ったかな。
更に、南リバのワークショップで得た人のつながりの輪は膨張を続け、、地元の農家さんや東京の友達、同窓生、趣味の友達も繋がってしまい、混合で宴会する様な有様で、誰と誰が友達か分からなくなって来ています。
おかげ様で、週末は飲んだくれる事が やや増えてしまいました。

NPOの趣旨とひょっとしたら遠いかもしれないけど、こうしたきっかけを作ってくれた南リパには感謝です。
そう思っている人結構居るんじゃないかな。

そんなこんなで、次のバトンは、、、新しい家族が増えた後、ステイホームをおくっている 南リパの内山理事にお願いしちゃいます!

よろしくおねがいしまーす。
南房総リパブリック
南房総リパブリック2020/06/02 @ 9:31
【リレーコラム『コロリパ』Vol.6 大西 瞳】
小出さんからのリレーコラム、随分と間が空いてしまいました。。。
自粛期間といえ、仕事もプライベートも忙しく過ごしております。
2月末から、娘の学校も長い休みに入り、私の事務所もリモート勤務となり、ずっと自宅にいることになりました。三度三度食事を作り、南房総の農家さんの作る新鮮な野菜に助けられた日々も。温暖で湿潤な植物にとって良い気候は野菜にとっても良い環境。新鮮でおいしい野菜は、手をかけずとも料理になる優れもの。
そんな時、娘がなんだか、こそこそ、パソコンで検索してたので、覗いてみると、保護犬の検索ページ。小さい頃から、犬が好きで、特に保護犬に興味があり、いつもそんな話をしてましたが、まだまだ幼く、お世話ができる年齢ではなく、お世話される方だったので、そんな話も虚言と流してきました。が、この時期を逃して、もうチャンスはない!と娘からプレゼンテーションを受けることに。『初めて犬を家に迎える時は長い時間一緒にいてやらねばならない(そうなんだ)』『ママの年齢を考えると、今がチャンスかもしれない(おいおい)』『私も中学生になって、いろいろできるようになったから、お世話をします(ほんまか)』。説得されて、一緒にページを見ていたら、宮古島の廃車置き場で6匹の3ヶ月の野犬の子犬が保護され、引き取り手がいないとあと数日で殺傷処分という状況の子犬の写真がアップされてました。。その時の子犬たちのかわいさったら、もう、信じられない!すぐに連絡したら、宮古島ではもらい手がないので、東京の保護団体が提携し、6匹全部を東京まで空輸するとのこと。一刻も早く会いたい私たちは、到着するや否や、夜の11時に羽田空港に会いに行き、出会ってしまいました。とんとん拍子にことが進み、数週間後、その子犬はうちにやってきました。この自粛期間中、どっぷり一緒の生活をして、娘共々たくさん食べて、すっかり大きくなり、4キロの子犬だったのがもう、15キロ近く。娘ももちろん、同じように巨大化していきました。東京もついに緊急事態宣言が解除されたので、南房総にこの子を連れて行く日もそう遠くないと願いつつ。
次は同じく可愛い犬を飼ってる成田さんにバトンを渡します〜。
南房総リパブリック
南房総リパブリック2020/05/12 @ 12:35
【リレーコラム『コロリパ』Vol.5 小出一彦】

私、南房総市上滝田の高月という山間部に住んでまして、1951年8月生まれ、馬場未織南リパ理事長はご近所さんです。そのご縁で、都会のすてきなお姉さま方や紳士の方々と、この歳になってこうして親しくさせて頂けるとは、こりゃ長生きしたくなりました。

当組は以前、8軒ありました。屋号でいうと、奥の4軒が「上の台(ウエンデェ)」「治助(ジスケ)」「源左ェ門(ゲンゼェム)」「源五郎(ゲンゴロ)」、手前の4軒が「大隠居(オオエンキョ)」「堀之内(ホンノウチ)」「新宅(シンタク)」そして我が家の「西(ニシ)」です。
私が小さな頃は40人以上でにぎやかに暮らしてましたが、高齢化に伴い今は6軒に10人、うち一人住まいが2軒です。これに二地域居住の未織さんご家族(上の台さん)が加わりますが、あの世の方が賑やかになってますね、きっと。

そんな状態でも田舎のめんどくさい役割は回ってきます。上滝田区、龍喜寺、白山神社、熊野神社、高月地区協議会(農家組合)、水利組合、土地改良組合、植林組合、地蔵講、稲荷講など、いつも何かの役員が付いて回り、それぞれの寄り合いや親睦会があります。
そして共同作業は主に草刈りですが、春のごみゼロ、盆道掃除、秋の大掃除、集落センター掃除、用水路掃除、排水路掃除、神社境内掃除、寺掃除等々、年間を通してやることになります。これらのうち、例えば水利などは田んぼの利益につながりますから、そういう共同作業に出られない時は出不足金として4千円徴収となります。ごみゼロや寺掃除などの出不足金はありません。地区によっては徴収する所もありますが。

ところが、こういう所に都会から移住されてきますと、価値観や考え方の違いと言いますか、しばしば軋轢が生まれます。例えば、集落センターの維持費で当地区では月1,000円徴収してます。しかし、他地区ですが、市の区民会館があるから必要ないとしてもらえなかったり、酒飲みの親睦会など馬鹿馬鹿しいと不参加だったり、区自体に加入しないという人も居ます。もっとも以前のように、13時過ぎに始めて次の朝になるような親睦会には下戸の私は辟易しましたけどね。

猫問題もありました。移住されてきた方が、よその家の猫が来て困る、室内飼いが基本なのだから区長が何とかしろという話でした。なにぶん田舎のことですから、ネズミ対策もあったのでしょう、昔から猫は放し飼いです。行政の指導はあるにしても、それが当たりまえの田舎ですから、ご近所さんともうまくいっていないようです。
なかなか難しい問題ですけど、移住された方が「いい所だなぁ」と思い、地元は「いい人がきてくれたなぁ」と、それがいちばんなのですが、人それぞれの事情は措くとして、どっちにもいろいろな人は居ますわな。

昔からどうにもならない自然相手の田舎では、何があっても、諦めるのでなく、かといってがむしゃらにつき進むのでもなく、なんというのか、そう、「しょうがねぇなぁ」でちょうどいい塩梅なのですけどねぇ。

ついでにもうひとつ^^
我が家の前の山は萬松山と言いまして、私の小さな頃は松が繁ってました。今は一本もないですが、そこに曹洞宗龍喜寺があります。その須弥壇の裏側に大昔の位牌がずらりと並んでまして、そのど真ん中に一段と大きな我が家の位牌があります。元禄時代の位牌ですが、そこに我が家の先祖として、「奥州遠野板 小出聖覚秀長」と金文字で彫られてます。「小出秀長」と聞いてピンと来る人は歴史好きでしょうが、私も知らず、お友達に教えてもらいました。それがまさかとは思いますが、同一人物ならなんともびっくりですね。

何やらまとまらないグダグダ話でしたが、次はすてきなお姉さま、大西瞳さんがバトンを受け取ってくれるそうですから、よろしくです。

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