ボランティアのその先へプロジェクト《農業ボランティア》参加者募集!


2019年9月台風15号.19号で甚大な被害を受けた南房総地域を救援する為のサポートセンターです。皆様のご協力をどうぞ宜しくお願いいたします。《INBOUND LEAGUE 新宿での支援物資の受付は終了いたしました。多くの皆様のご協力に感謝申し上げます。》

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南房総リパブリック

NPO法人 南房総リパブリックは東京と千葉県南房総市を結び、里山学校・食の二地域交流・空き公共空間活用事業を行っています。 今後HP、Facebook共発信を充実させていく予定です。ご興味のある方どうぞお気軽にご参加ください!
南房総リパブリック
南房総リパブリック2020/09/04 @ 16:23
【リレーコラム『コロリパ』Vol.11 山木こずえ】

DIY&古民家つながりの鍋ちゃんからバトンをいただいた、Uターンして南房総でびわといちじくをつくる果樹農家の山木こずえです。
遅くなり大変申し訳ありません~~~!!

最近とくに注目されてきた移住ですが、私の場合は、地元なのでUターンになります、その際のお話しと今最盛期のいちじくのお話しを少しお伝えできればと思います。

そもそも南リパとのご縁は、こちらも縁あって入ったNPO農育プロジェクトとの合同忘年会でした。
確か、内山さんが断熱ワークショップのことを楽しそうに皆さんにお話しされていて、遠くからみてもなんだかキラキラしてて楽しそうだなー!!(照明のせい?!w)と思って話しかけたことがきっかけで、その後DIYチームを紹介してくださいました。今思うと、ここから色々スタートしたことも多く、南リパは色々な人を繋げてくれるNPOでもあるんだなぁと、とても感謝しています。

さて、少しさかのぼり私の事を話すと5年前まで東京で地域活性化のコンサル会社で会社員をしていたのですが、祖父が亡くなったのをきっかけに、1年半ほど東京と館山の2拠点生活を経て、Uターンで館山市、からの現在の古民家暮らし南房総市(2016年~現在、生家、小学校4年まで住んでました)と住む拠点を少しずつずらしながら今の場所に落ち着きました。

家は元々はびわ農家でしたが、両親は、途中で転職し農家を継ぐことはなく、私も農家になるんだともなりたいとも思っていませんでした。それがなぜか農家になる!と両親に宣言し説得したのは、ほかでもないこの空間が大事だったから、でした。

移住を決める際にはそれぞれ理由があると思うのですが、私はそもそも、家も山も両親が今後を決めるんだろうと思っていましたし、自分自身への変化は起きないだろうとも思っていました。

しかし1年半ほどの2拠点生活の間に、週末南房総に帰り、家を開けて空気を通し、びわの整備をしたことが、忙しい仕事の疲れを緑の中での作業が癒してくれていたように思います。

また、びわを収穫をして友人や周囲におすそ分けや販売もしたりして、農家ではありませんが【作って売る】の簡単なシュミレーションをしていました。

それが楽しくて面白くて、当時勤めていた半蔵門にある会社の歩いて行ける範囲のスーパーや地方のものを集めて売る小売店などへお手製のチラシをもって飛び込み営業をしたり、そこから紹介された食品業者の交流会などに参加したり、経営者の方のお話を具体的に聞くことで徐々に自営業や経営することに興味が湧いていきました。びわから繋がる新たな発見の連続で毎日本来の仕事で忙しくてもその時期はとても刺激的な毎日でした。

しかし、そうこうしているうちに仕事の早い母親が南房総の空家バンクに家を掲載してしまったのです。写真も掲載され、古民家としてはなかなか良い物件だったようです。

確か当時6組ぐらいと見学者も多く、早々に決まってしまうだろうと連絡を受けた私は、自分の作ったものを通してつながることの楽しさを知ってしまっていたこともあり、猛烈に迷い、迷った挙句にちょっとまったーーー!をかけたのです。

当時、迷いつつも、10年後の自分に問いかけてみました。

10年後、あの家やびわ山がなくなってもいいんかね?

→それは、確実に後悔するなぁ。

迷いに迷いましたが、でも決め手はとてもシンプルな事だったなと思います。
忙しい仕事で体調も万全ではなく転職も考えていたため、タイミングもよかったのではないかと思います。

そうやって当時30台後半だった私に、それまでの会社員としてのいたって普通の生活と、びわ山を継ぐという未体験なゾーン、という人生の選択肢がいつのまにか目の前に現れてきました。
自分で選択しといてなんですが、こうやって人生って変化するんだと、退職や引っ越し当時はワクワクと不安とドキドキで心臓もつかなと本気で思ってました。

その後、退職・引っ越し、そこから今でも変化の中にいて、農業のイベントに色々行ってみたり、マニュアルのトラックを買ってみたり、家のリノベ、友人との出会い、唯一の反対者の元農家出身の親との話し合い、栽培品目をどうするか?イノシシや野生動物との戦い、などなど、やることが一気に変わり、仕事の忙しさにかまけて流してしまっていた自分のくせみたいなことの発見も多く、改めて自分を整えつつ?生活も整えている感じがします。

そういった経験ができたこともこの選択をしたからなんだよな、、とたまにふと思います。
移住されている方は、皆さんきっと一度はそう思っているはず。


今は、台風や気候の変動が激しい中、農業の難しさと楽しさを体感しているのですが、今年はやっとこさできた黒いちじく(ビオレソリエス)のアイスを作って皆に食べてもらいたいなぁと思っています。

もちろん生食でもめっちゃおいしいいちじくですが、試しに作ったアイスが思った以上に美味しいので、これは食べてもらわねばのリスト入りとなりました。

ビオレソリエスは、スーパーではまず見かけない品種のいちじくで、黒くて玉ねぎのように扁平な形をしています。産地は佐賀と佐渡と北陸、静岡あたりにあり、栽培が難しいとされている品種のため、幻とか黒いダイヤという方もいます、産地の佐賀に栽培を勉強しにいったりしたので、やはり愛着があって難しさも含めて大好きな品種です。

果肉がむっちりしてて、ジューシーで、私は勝手にいちじく界のクリームチーズだなと言ってますが、そのままでジャムのような至極の一品です。これから、収穫期なので、アイスに加工もこれからで、新しい取り組みは大変ですが、その試行錯誤も楽しいです。

テーブルを囲んで皆でわいわいごはんを食べること、これって本当に楽しくて大切なことなんだなとコロナウィルスの影響が大きくなるほど、改めて思います。久しぶりに会う人との食卓で、もっとその場所が豊かに楽しくなるようなものを提供していけたらいいなぁと、今は出来上がりと皆さんの反応を想像して、ニヨニヨと準備中です。

最後は宣伝になってしまいましたが、楽しみにしていてくださいね。


遅くなり恐縮ですが、次のバトンは、布良ハウスに住まわれていた春日さんです!
よろしくお願いいたします!!
南房総リパブリック
南房総リパブリック2020/07/22 @ 13:08
【リレーコラム『コロリパ』Vol.10 鍋田 ゆかり】

2011年1月、南房総に移住した鍋田です。
2016年にボロボロ古民家を購入し、これから改修を行うにあたって南房総リパブリックが主催する「第1回DIYエコリノベ」に参加したのがご縁で、わが家の改修を手伝ってくれる仲間たちと出会うことができ、現在も絶賛改修中です。

コロナでステイホームと言われていたころは縁側拡張作業を行っていたので、断熱材として入れる籾殻くん炭をせっせと作っていました。ライスセンターにある籾殻の山から籾殻を運び、庭で火を起こしてくん炭を作ることを何度も繰り返し、現在もまだ終わっていません・苦笑

わが家では犬のあわと猫のワラワラ、そしてヤギのひじきさんが一緒に暮らしています。朝夕の散歩にはワラワラもついて来て、草に隠れてはあわにちょっかいを出そうとします。あわは妊娠中で、5月7日ごろに出産するとばかり思いこんでいましたが、4月のある夜突然聞いたことのない声を出し、穴を掘り、力みはじめました。

私とワラワラはあわの近くでその様子を見守り、無事3匹の子犬が誕生。あわは自分で産んでへその緒を噛み切り、子犬たちを舐め、初の母親業をたんたんとこなし、私はその姿に感動。その日からあわファミリーを中心にした毎日が始まりました。

犬の妊娠期間は2カ月。小さなネズミのように見えた子犬たちは、毎日成長しつづけました。子犬は1歳のときに、人間でいう20歳の年をとると聞いたことがあります。

見えていなかった目が見えるようになり、耳も聞こえるようになり、昨日まで越えられなかった壁を登って越えることができるようになっていきました。それぞれ個性があり、身体の成長具合もできることも違っていて、その違いを見守るのも歓びの一つ。

猫のワラワラにちょっかいを出して猫パンチを食らったり、ヤギのひじきさんの大きさにビビりながらも近寄ってみたり。あわも子犬たちもワラワラも、ひじきのミルクが大好き。私が搾乳するのを一番先頭で待っているのはワラワラ。その少し後ろの物陰から様子を伺う子犬たち。搾りたてのミルクを持って歩くと、みんなついてきて早くちょうだいとおねだりされるのが日課です。

あわとの散歩に少しずつ着いて来られるようになると、わが家の小さな庭が子犬たちにとってはジャングルに入っていくような大冒険の舞台となりました。水路に落ちて泣きわめいたり、怖くて川岸に降りられず引き返したり。草木や自然との触れあいや、ワラワラとひじきとの距離感や接し方を微笑ましく眺め、庭を散歩するたびに成長している作物たちに目を細める毎日でした。

2か月を過ぎたある夜。子どもたちのお父さんも、あわも、子どもたちも、そして今後2匹の子どもたちと一緒に暮らすことになる新しい家族たちとともに、結婚式のような宴が開かれました。親戚一同が集まったような、家族の宴。それぞれの環境、性格に合った場所に引き取られていく子犬たち。

子犬の世話と、母乳で栄養を吸い取られて痩せていくあわのケアもひと段落し、静かな日常が戻りつつある今日この頃。世間ではまたコロナ感染者が増え続けているようですね。自分の免疫力を高めつつ、少しでも自給できるように暮らしを整えていきたいと思います。
次のバトンはイチヂクやびわを育てる女性ファーマー、よぜむファームのこずみんこと山木こずえさんにバトンタッチ!
南房総リパブリック
南房総リパブリック2020/07/13 @ 22:59
リレーコラム【コロリパ】vol.9 菅原祐二
リレーコラムのバトンが、何故か監督から私に廻ってきました。あっちゃ-!

何を書いたら良いか全く思い付かず数日が過ぎ、何とか早く廻したく考え ていましたが、ここはひとつ幸か不幸か今のご時世のコロナ禍で色々思ったことなどを赤裸々に書くのが良いかなぁなどと、やっと重い腰をあげた次第です。

昨年9月末で、1979年から勤めた航空貨物業界から足を洗い、それと同時に2011年から始めた2拠点生活の拠点にしていた房総・富津での生活に完全シフトしてしまいました。辞めてからの生活をその時は具体的に考えていたわけではなかったので、台風被害などのもろもろの環境変化にただ流されて、一気に房総人になってしまったと言った方がしっくり行く感じでした。
幸い自分のところは大きな被害にならなかったため、周りの復旧に微力ながらお手伝いすることがいつのまにか日常になってきた中、思いもよらない新型ウイルスの満えい。サラリーマン時代は成田空港にいたので、毎日の通勤や(京成アクセス線利用)輸入貨物と否が応でも触れる機会など本当に恐怖でした。

それまでウイルスの感染については空港と言う特殊な環境下だったから恐れていましたが、今度のコロナについては、もっと違う恐怖を感じている自分がいます。過去に何度も新型インフルエンザなどを経験していたから、またその延長位にしか考えず気負いも無かったのですが、それまであまり意識していなかった同調圧力や排除の動きなどやたら目につくようになり、改めて災害が起きたときの対応ひとつで幾重にも怖さが増幅されてくることを思い知らされました。

他方サラリーマン当時の仲間や先輩達が、ここに来て急にこれからの生活や人生について本気で話し始めたような気がします。業績が悪化し早期退職をする人が周りで出始めてきました。テレワークやズーム飲み会じゃないけど新たな形が少しずつ出てきて色々対応しようとしているように見えますが、そもそも怖い通勤電車(ウイルスのみならず色々)に何十年も我慢していたことに疑問を持ち、しかしそれを変えることに踏み出せない人が何と多いことかと改めて感じます。

自分もその一人であることに違いないとは思いますが、少なくとも昨年9月以降は、メンタル的には相当大きな鎧から解き放されたように思っています。もちろんその代償として、経済的にはそれまでよりは苦しくなっているかもしれませんが、あまり深刻でもありません。サラリーマン時代は「一番しぼり」だったのが「のどごし生」 に代わったくらいです。春から秋までは小さな畑や裏山から意外と食べるものが手に入り、たまに魚も釣ってきたりと食費にかかるコストは逆に下がっています。この惨禍を機に生活が見直されていけば良いのにと思います。

きっかけは何であれ、やっぱり本気で向き合わなければなにも解決しない、新しい道は見えてこない、そんなことを感じる今日この頃です。

次のバトンを南房総市でヤギ、いぬ、ねこと気ままな暮らしを実践している鍋田さんに渡します。なべちゃんよろしくー!
南房総リパブリック
南房総リパブリック2020/07/11 @ 13:42
リレーコラム【コロリパ】vol.8 内山章

前回の成田さんのコラム、しみじみ良かったなぁ。成田さんとも随分会ってない。
今までの人と同じ冒頭になってしまいますが、時間が経ってしまいました。理事の内山です。

緊急事態宣言が解除された後も、基本リモートが続いています。仕事は問題なく進むし、かえってはかどったり。かといって時間に余裕があるわけでないという日々を送っています。

コロナ禍になって4ヶ月がすぎたわけですが、会えなくてもいつでも会えるということが、いかに大切で貴重なものだったかを思い知らされました。とにかく行動を制限されること、行きたい場所に行きたい時に行けないこと、会いたい時に会いにいけないことが、こんなにも辛いことだとは思わなかった。それに反比例して増えるネット会議。リアルな会議に比べ集中力を多く費やすネット会議で、今でこそ少し慣れましたが、かなりメンタル的にはキツい日々を送っていました。

そんな中、SNSに登場させたりしているのですが、家族が増えました。3月生まれ(たぶん)のオテンバ娘。名前はシー(Sea, She)と言います。名前の由来は、出会った里親さんのご自宅が南房総富津の印象的な海辺にあったから、そしてこれから「彼女」のことを話すことが多くなるからと、連れて帰る帰りの車の中でこの名を思いつきました。

一昨年、親友とも言える猫を23歳で亡くし長く傷心でいたのですが、リモートが始まり、新しい家族を迎えるのであればこのタイミングだなと思っていたところ、理事長がいきなり子猫を飼い出して「あ、自分も探してるので情報あったら教えてね」とメッセージした数時間後「きた!」との連絡。それも南房総経由。

前の猫はキジトラだったので、今度は黒かグレーの子がいいなぁなんて漠然と思っていたのだけれど、話をもらったのはまたキジトラ。前の子とダブるからどうかなと及び腰だったけれど、会ったらダメだった。なぜかその場でボロボロ涙が出てしまった。

後から人に聞くところによると、まだ死んで間もなくはすぐに生まれ変われないから「使い」をよこすんだよと。大丈夫かな?と見に行かせるんだと。猫はよくやるんだとの話。もちろん根拠もないスピリチュアルな話ですが、目の前のオドオドした小さな塊を見てると、妙に納得できるのでした。

実は、連れて帰ってきたその日、爽やかな風の抜ける部屋で一緒に引き取ってきた大きなケージを組み立ててる最中に、足元をささっと駆け抜ける黒い塊が。「わ!逃げた!」っと思いましたが子猫はダンボール箱の中。そう、多分、その亡くなった猫が様子を見にきたんだろうと勝手に納得しました。ちょうど同じくらいの大きさの影だった。できれば会いたかったな。

そうして願っていたとはいえ思わぬ偶然、ちょっとした縁から、このコロナの季節に新しい時間が刻まれ始めました。毎日ケンカばかりしていますが、でも仲良く。部屋にいる時にいつも気配があることがふと嬉しく思います。

さて、自分の話はここまで。

東京では感染が止まりません。もしかしたらまた緊急事態宣言のような状況になるかもしれません。自分の個人的なスタンスとしては、自分からなるべく東京に、でも声がかかればどこでも行くというスタンスです。もちろん消毒、マスクを持参で。しかし人によって、また地域によっては、東京からなんてとんでもないという人もいらっしゃると思います。それはそれで良いと思います。皆それぞれ、このコロナの時代という新しい時代の生き方、関わり方を学んでいければと思っています。

それでは次のバトンはこの縁を作ってくれた、二地域居住の実践者であり南房総DIYマフィアのボス、実は大の猫嫌い笑、菅原さんにバトンと繋ぎたいと思います。どうぞよろしくお願いします!
南房総リパブリック
南房総リパブリック2020/06/22 @ 22:34
「山水郷チャンネル」にて馬場が登壇します。
14年間続けてきた二地域居住の実態や、南房総リパブリックがこれまで展開してきた事業についてゆっくりお話する予定です。

改めて、zoomは住む場所を選ばずどなたさまもご参加できるのがいいですね。お時間のある方はぜひご視聴ください。
第2回の終了後にはアフタートークもあります。
南房総リパブリック
南房総リパブリック2020/06/18 @ 21:49
【リレーコラム『コロリパ』Vol.7 成田 剛史】
大西さんからバトンを受け取ってすかっり時間が経っちゃいました。ごめんなちゃい。
何を書いても良いと言われたのだけど、意外とそう言われると悩んでしまいます。南リパのコラムなので、南リパとの出会い?の事を書きましょうかね。
僕は2011年7月、ちょうど9年前の今頃、南房総に古民家を買い、二地域居住をはじめました。購入時は敷地内を一周する事が困難なほど竹と原生林が生い茂っていました。数カ月かけて敷地全体を見まわせる様になって初めて、5棟も建物が存在する事を知った次第です。
そして、始まった二地域居住ですが、開始時は地元には一切の知り合いもツテもない状態でした。南房総で毎週末飲んだくれていると勘違いされている方もいらっしゃるようですが、当時はかなりストイックに一人黙々と作業していました。朝から昼も食べずに、チェーンソーで竹を切りまくったり、ひたすら敷地のゴミを掘り出したり。水道と電気はありましたが、風呂やトイレはないので、ドラム缶のでお湯を浴びて、シャベルもって用を足しに行く週末でした。まぁ南房総には、似たような生活を普通にしている方も結構いる事を後から知り、うーんワイルド。と思う事もしばしばです。
南房総は、ほぼワンコと来ていたので、夜は獣や怪しげな虫たちの出てこない閉め切ったコンクリートの土間で晩酌するのが習慣でした。懐かしいなぁ。
苦楽を供にしたこのゴールデンレトリバーは4年前、南房総に滞在しているときに虹の橋を渡りました。晩年歩けなくなってからも運搬車に載せて敷地を巡回してやると目が輝いていたのが思い浮かびます。。来た当初は、ワンコと敷地を巡回する事がアドベンチャーだったなぁ。
そんな一人での生活は、4年くらい続きました。東京から呼ぶ友達位しか訪問する人もなく、南房総へ行くのも月1~2回位のゆっくりしたペースでした。この4年で、敷地内の竹や雑木はすべて無くなり、5棟あった建物は2棟になり、崩れた柱を立て直し、屋根も作り直し、現在の生活の原型みたいな整備をしました。結構頑張ったなぁ、と今、しみじみ思います。
で、やっと南リパとの出会いです。2016年の12月に第1回のDIYエコリノベっていうイベントがありました。寒い古民家をあったかくしようというもので、自己流×大雑把に家を直していた自分をキチンとした方法論で開眼させよう!という目論見でした。
参加してみると、同じような境遇や感性の人が集まっていたので直ぐに気が合いました。Facebookでグループ作り、皆の家を順繰りに改修したり壊したり、はたまたシロアリの様に解体予定の家から部材をかっぱぐなどする様になりました。俗にDIYマフィアと言われてるヤツですな(笑)。
だんだん仲間も増えた結果、改修後の打ち上げで飲みすぎ→『飲みすぎの反省会という飲み会』がローリングする現在の状況なってしまいました。開眼するところが違ったかな。
更に、南リバのワークショップで得た人のつながりの輪は膨張を続け、、地元の農家さんや東京の友達、同窓生、趣味の友達も繋がってしまい、混合で宴会する様な有様で、誰と誰が友達か分からなくなって来ています。
おかげ様で、週末は飲んだくれる事が やや増えてしまいました。

NPOの趣旨とひょっとしたら遠いかもしれないけど、こうしたきっかけを作ってくれた南リパには感謝です。
そう思っている人結構居るんじゃないかな。

そんなこんなで、次のバトンは、、、新しい家族が増えた後、ステイホームをおくっている 南リパの内山理事にお願いしちゃいます!

よろしくおねがいしまーす。

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